少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

こどもへの虐待罪は通常の罪よりも重くすべき

その昔、尊属罪なるものがあった。尊属とは自分の配偶者や直系の自分より目上の者

(両親や祖父母など)を指し、尊属罪は、無期懲役か死刑のみという形で、従来の殺人より重い罪が課された。これは秩序を維持するために権力者側がつくった物語によるもので、儒教などの教えがこれを正当化した。

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 しかし、昨今のこどもへの虐待死をみるにあたり、これは逆ではないかと思うようになった。親の意志によって子供は生まれたのであり、子供は自分の意志で生まれたのではない。こどもは親を選ぶことはできない。したがって、自らの意思で子供を産んだ、また親となった両親は子供の安全を最も尊重し、子供に身の危険が及んだときは体をはってでも子供を守らなければならない。

チーターのメスは、自分より力が勝るライオンが相手でも、こどもを守るためにはひるまず立ち向い追い払おうとする。これは本能によってそうした行動をとるのだ。大半の動物が同じだ。ところが人類だけがこの本能を失って、自分の子供(特に歯向かう力のない乳児や幼児など)に虐待をおこなって死に至らしめることをする者が少なからず存在する。

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 倫理観を基準に考えれば最も倫理観の欠如した行為である。とするならば、こうした事件により殺された子供たちの死を無駄にしないためにも、こどもへの虐待死は通常の犯罪よりも、ずっと重くした方がよいのではないか。

 今回の心愛ちゃんの事件であれば、傷害致死罪ではなく殺人罪を適用したうえで、死刑を含む極刑に課すのだ。彼の場合は、虐待していた行為を録画していたという信じられない行為に及んでおり、こどもへの愛情は微塵も感じられず、物扱いしている。愛のない彼らが心愛という名前をこどもにつけたというのは、何とも皮肉だ。いずれにしていまだに罪を認めようとしないこんな人間に今後改心するかは極めて疑問だ。

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 学校や児童相談所、警察の連携を強化し、必要な人材を確保することはもちろんだが、それだけでは不十分だ。子供を守るためには法の改正が必要であり、それができるのは政治家だけだ。その政治家が、桜田大臣のように人の生き死にの問題よりも国家のメダル数を優先するような意見をはくなど、極めて鈍感な人たちが多い。まずは、まっさきにこどもへの虐待への罪への法的措置を検討すべきだと思う。

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いまだに儒教的な要素が残る日本ではこどもは親のものだという考え方が強い。ただそれはあくまでも真っ当な親であることが前提だ。親としてあまりに不適であり、こどもの安全を真っ先に確保すべき親が、その逆の行為をしている場合は、国家や社会がこどもを親から引き離し安全を確保すべきではないか。

法的な整備は、そうしたあるべき親の義務への強い社会的なメッセージとなる。

今だからこそ忘れてはいけない歌「防人の歌」

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 昨年、読売新聞で「昭和」「平成」を代表とする歌は何かというアンケート結果がのっていた。その時思ったのは、歌の評価は世代間格差や個人差がよくあらわれるということだった。昭和では美空ひばりの歌がトップ10に4曲。平成はミスターチュルドレンの歌が3曲はいっていた。意外だったのは「谷村新司」や「さだまさし」の曲がひとつもはいっていないことだった。私は両氏の歌には髙い共感性があるので、もっと評価が高いと思っていた。

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 私自身の個人的な意見としては、昭和の名曲のひとつとして、さだまさしの「防人の歌」をあげたい。この歌は、日露戦争を題材にした「二百三高地」の主題歌として世に出た。この映画自体、戦争を美化しているという風評もあったが、私は決してそう思わなかった。それよりも国家という巨大な存在の意志決定で人の心は狂い、多くの人が死に到るというやりきれない現実を伝える反戦映画だと感じた。そしてそれはこの主題歌「防人の歌」を聴けば、おのずと理解できる。今、歌は個人の幸福をうたう歌ばかりで、このような世界の平和を問うような歌はなくなってしまった。以前、アメリカの「花はどこへいった」のような反戦歌が人々に大きな共感をもって受け入れられたが、時代の流れとともに姿を消してしまった。しかし、世界を見渡せば、戦争の脅威が減退しているわけではなく、むしろ現在のような内向きな展開の中で、いつかどこかで自分の国家や組織・イデオロギーを守るという名目で戦争が訪れる懸念は増加していると思う

自分の

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 そんな時代だからこそ、今一度「防人の歌」に耳を傾けることに意味があると感じている。今もロシアとウクライナは対立し今後も紛争の火種として懸念されているが、数十年前旧ソビエトウクライナチェルノブイリで被災して日本にやってきたウクライナの歌手ナターシャ・グジーが「防人の歌」を歌っているのも、この歌の歌詞に共鳴し、この歌を通じて国家の意志決定の恐さ、無情さを世に問いかけているのではないだろうか。



防人の詩 ナターシャ・グジー / Sakimori no Uta by Nataliya Gudziy

       

熱心な人のパワハラほどやっかいなものはない

                  

 今、明石市長の職員への暴言・人格否定・パワハラが話題になっている。本人はその内容が実際録音されていたこともあり、自分の発言・行為がパワハラ以上であると認めて深く反省しているという。当初は辞任はせず、統一選挙で市民の信任を問うようなことを言っていたが最終的には明石のイメージを汚すことに耐えられないということで、辞任を決めたようだ。聞くところによれば市民から人気もあって、やり手でこの人が明石市長になって、明石市は活性化したそうだ、そういうこともあって、熱心さのあまりに行動力のない部下に業を煮やして立ち退きのため「火をつけてこい」とか「自分の金を払って何とかしろ」といった暴言(火をつけてこいは暴言というより犯罪の指示になるが)が数十分にわたって続いたというが、このような市長を擁護している市民も多いと聞く。

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 私も音声をテレビで聴いたが、最初は暴力団かと思ったほどの高圧的・下品な言い方で完全に脅していた。それが顔をみたらおとなし気な顔をしていたので、そのギャップに驚いた。そしてさらに驚いたのは、そのパワハラを受けた職員も「自分が悪いのでパワハラだとは思っていない」と言ったことと、その市長が当初はパワハラ以上の行為だったと認めながら辞職の意はなく、統一地方選で市民に信任をとう」と言ったことだった。おそらく選挙でその経緯を話して陳謝しつつも、自分のこれまでやってきた実績を主張し、明石市をよくしたいという熱心さのあまりの暴言だと言えば、市民は自分を選んでくれるだろうというしたたかな計算があったのだろう。

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 だが、私も組織に30年以上いた経験から思うのだが、熱心な人で一部の人に人気のある人のパワハラほどやっかいなものはないのだ。言っていることは正論なので、言われた相手は抗弁できない。抗弁しないからさらに上司はかさにかかって怒りつけ、罵声を言っているうちに自分も興奮して、人格否定やとんでもない極端なことを言いだす。そしてそれをみんなが見ている前で言う、そうすると周りで見ている人間は、彼(彼女)に叱られるとこんな目にあうのだということを恐れ、パワハラを見て見ぬふりをし、場合によってはイエスマンになる。またこうしたパワハラをする熱心な人は、仕事ができる人を高く評価するので、評価されている者は、彼の部下への高圧的な態度は仕事への真摯な熱心さからくるものでパワハラでもなんでもないと擁護をする。これが、結局、パワハラが放置され続け、いつかどこかで訴訟に発展したり自殺者が出たりという大事件でエンディングすることになるのだ。

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 私は、つい数年前の電通の新人女性の自殺も同じ構造だと思っている。あのときはあたかも長時間労働が主に問題されたが、正直人間は自分が納得して好きなことであれば長時間労働は耐えることはできる、しかし自分のミスや怠慢を指摘され、自分もそれを感じているところに強烈なパワハラを受けると、耐えられなくなるのだ。擁護者が近くにいれば、まだしも周りはその上司の熱心さを擁護する人や恐れている人ばかりなので相談する相手もいない。こうして彼女は追い詰められたのではないかと私は想像する。

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 ある仏教家は、著書で「いつも怒っている人や、極端に怒る人は頭が悪い人だ」と指摘していてたが、私は一歩進んで、いつも怒っている人や明石市長のような一旦怒りのモードにはいると、犯罪を示唆するような極端なことをいう人間は精神的な病を抱えた人だと思う。だからこのようなタイプの人に絶対権力を与えてはいけないと考える。それは周りも不幸にするし、自分も不幸になる。だがその熱心さを人に要求する立場ではなく自ら実践する立場で行えば、人の役に立つ良き人になれるはずだ、先般、秘書に「このハゲー」とか「地元にすめないようにしてやる」といった元衆議院女性も同様だ。彼女はそれにもかかわらず、再度選挙に出るという愚行を起こしたが、彼女がすべきことは,個人で汗をかく仕事をすることだった。

いずれにしても、人は狂気を感じさせる正論者には弱い。今回の事件は、トップリーダーの資質や要件について またその周りにいる者がどう立ち振る舞うべきか、様々なことを示唆した事件だったと思う。

ぶれないことの魅力

妻の趣味のひとつに連ドラがある。最初の1~2話を見て面白いと思ったら続けてみるというパターンだ。私も夜は暇なので、一緒に見ることが多くなってきた。

この数年、3か月単位で終了という形になっているが、この冬期では、「あたる」「刑事ゼロ」「家を売る女」「メゾンドポリス」「3年A組」「トレース」を見ている。

こうしたドラマをみていて思うのは、ドラマで一番大切なのは脚本だということだ、競馬では騎手より馬。ドラマでは役者より脚本というのが私の考えだ。

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例えば、秋期の「獣になれない私たち」では、板垣結衣、松田龍平という男女で人気トップクラスの役者をそろえたが、両者の役に魅力がなく面白くなかったので3話でもう見るのをやめてしまった。ガッキー演じる主役が時々の状況によってスタンスがぶれてしまって、何をしたいのかがよく見えてこないのだ。本当の人間の姿というのはそういうものだろうが、ドラマでそれをそのままリアルに描くと面白くない。

 


家を売る女予告編

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今、私が面白いと感じている「家を売る女」「あたる」「3年A組」は、いずれも主人公が個性的でぶれない一貫性がある。そして、その一見はちゃめちゃな個性から発する言葉や行動に、一辺の真実と共感性がある。その主人公の魅力によって、まわりの問題をかかえた脇役陣が次第に変化(成長)していく姿を観るのが面白い。これは逆のパターンもある。魅力のある準主役や存在感のある脇役から主人公が成長していく。むしろ昔はこのパターンが多かったのかもしれない。いずれにしても、「ぶれないキャラの設定」と「共感性」 そして「次への期待感をもたせる展開」この3つはドラマの三種の神器ではないかと思っている。

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好き嫌いや良しあしは別として小泉元首相が、予想以上に国民から支持され自民党のメンバーからも恐れられたのはその一貫した姿勢からだったと思う。今は脱原発を掲げて行動しているようだが、本気でその実現を目指すなら、新党をつくり脱原発を掲げる野党と連携してみてはどうかと思う。そこに息子で今国民から最も人気のある進次郎が加われば、これは安倍なきあとの自民党に勝てるのではないだろうか。正直安倍なきあとで魅力のある人材は自民党にはいない。これもぶれないところが魅力の枝野氏が、そういう構想をもって自民党に対抗すれば、政治に活力が生まれるのではないかと思う。

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 連ドラの話からつい政治の話しに飛んでしまったが、要はぶれないことの魅力を語りたかった。そして私が今している日本語教師の「留学生のために楽しくわかりやすい授業をする」という方針を今後もぶれずに追求していきたいと思っている。

2019年歌の力はますます大きく

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

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 別ブログであらゆる生物の中で唯一人間だけが音楽を愛でることができると書いた。私も音楽の力は想像以上にあるのだと年々感じるようになっている。だから何だかんだといって、紅白歌合戦が年末の最大の番組として定着しているのも、年末の最後にいい歌を聴いて、時には自分も口ずさんで終えたいと思うからだろうと思う。

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 例年は、あまりじっくり全曲を聴くということはなかったのだが、今年は思うところがあって全曲きっちり聴いた。そしてそのために自分も審査員になって10点満点で採点をつけてみた。結果10点満点は、DAPANPUの「USA」と米津玄師の「Lemon」の2曲。いずれも白組だったが、チームとしては2点差で紅組が勝ちというのが私の採点だった。

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 これはおそらくジャニーズをあまり評価していない自分の個人的なもので彼らの採点が辛くなったからだろう。でもやはりジャニーズは多すぎる。数年前に何と近藤真彦がトリをとって唖然としたのだが、ここまでジャニーズにNHKが配慮する必要があるのだろうか、特に今回はTOKIOのメンバーの不祥事があって、こうした不祥事の責任は事務所にも大いにもある。でもこうした不祥事で責任者のジャニー氏はいっさい表にでて謝罪することはない。こうしたことに対しては以前のNHKは厳しい対応をしていたが、視聴率ほしさにそうした筋を軽んじているとしか思えない。これは歌以前の問題だ。彼らの出場によって「コブクロ」や「福田こうへい」などの実力派が出場できなかったのは個人的には残念だった。

しかしサブちゃんやユーミンとサザンのからみなど世代を超えて歌が人に元気を与えることを証明したいい紅白だったと思う。

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  なお、米津玄師が歌う舞台になった大塚国際美術館は、かつて私が仕事で徳島に出張した帰りに寄ったことがあり、一目でわかった。ここには、世界の1000点もの陶板名画が飾られていて、ガイドの方から説明を受けて観賞したが、本当に感動した。ここでは日本にいながらあたかもルーブル美術館にいるかのように、ピカソダヴィンチ、ゴッホ、モネ、ミレーなど超一流の画家の作品を近距離で見ることが可能なのだ。すでに一部の人の間では有名な存在だったが、これを機にますます訪れる人が増えるだろう。

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 これでもっとかつての宇多田ヒカルなどのような、新しい音楽の流れをつくれるような若手歌手がどんどん出てくればと思う。今回、出場はできなかったが、私がすごく潜在能力を感じている歌手がいる。家入レオという歌手で、連続ドラマの主題歌でも歌われているので、結構有名だと思うのだが、インパクトに若干かけると評価されているのか紅白の出場には至らなかった。こうして今まで知らなかった若手の有望歌手を見つけるのは(遅すぎるかな?)、3歳馬の逸材を見つける愉しみに似た快感がある。

 


家入レオ - 「もし君を許せたら」(フジテレビ系月9ドラマ「絶対零度~未然犯罪潜入捜査~」主題歌)

 

いずれにしても年々システマティックな世になる中、歌の力や必要性はますます大きくなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年の自己総括

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 今年は自分にとって、マイナスからのスタートだった。昨年の後半から心身の不良で年初それがピークに達し、ついに入院という事態にいたった。最初は医師から3か月を目安にということだったが、幸いにも50日間の入院ですんだ。この50日間で今まで知らない世界を知り、つらくはあったが貴重な経験をしたと今は思っている。

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 一番思ったことは「素直に受け止める」という謙虚さが、社会の中で生きるうえで必要だということだった。その時、私は思い出した。もう38年前に最初に社会に飛び出し会社の新人研修で新人全員に配布されたのが「素直な心になるために」という松下幸之助の本だったことを。

私が入社した会社は、一度倒産の憂き目にあいながらも、その反省を生かして、顧客中心のまた安定した経営を目指していた創業者が率いる中堅会社だったが、創業社長は、自らの経験を通して、社員に対して日頃から仕事に対して謙虚であること、素直な気持ちで顧客のために考え抜くことを求めていた。正直、その本が配布された当時は、ぴんとこなかった。素直さよりも技術を磨くことが大切だと思っていた。

しかし、今はその大切さがよくわかる。最終的にはプロである以上、技術を磨き顧客に満足を提供することが求められるが、その大前提は素直な気持ちで人に向き合うというベースがなければ、自画自賛の小さな枠にとどまってしまう。

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 また困難な局面のときに人は一人ではいきていけないということもよくわかった。入院中お世話になった病院の方々や同じ入院仲間、。また心身の不調を知って手紙を送ってくれた同僚、そして何と言っても頻繁に見舞いにきてくれた妻。自分の非力さを素直に認める素直に従うことから私の復帰が始まった。そして次第に心身は回復し、予定よりも40日も早く退院することができた。

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 退院後、4月から半年間休養していた日本語教師の仕事に復帰した。最初の授業はとても緊張した。以前のように円滑な授業ができるか正直不安だったが、何とか初回の授業を乗り切った時、今までにない満足感を得ることができた。そして今後は心と体のケアを怠らず、身体が動くまでこの仕事を全うしようと心に決めた。直接顧客である留学生に接し、その反応を感じながら、彼らのためにどう教え方をブラッシュアップしていけばいいかを考えられる、こんないい仕事はそうないし、何より自分の性格にあっていると感じた。そしてその一環として彼ら留学生のベースをもっと知りたいと思い、学期が終わったら、彼らの国を旅することにした。6月に桂林 9月にハノイを訪れ、本ブログでも紹介した。来年の3月にはスリランカを旅する予定だ。

これまで教えてきた留学生の国でまだ行っていないところは、ミャンマーバングラディッシュ、フィリピン、台湾、韓国、イタリア、モロッコアルジェリアスーダンカザフスタン、トルコ、カナダ コロンビアとまだまだあるので、数年かかって旅したいと思っている。

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 そのためにも何といっても身体のケアを怠ってはいけない、そのためにストレッチやボイストレーニングなどを継続している。マイナスからのスタートだったが、何とか年末は前向きな気持ちで終えることができたことに感謝の気持ちしかない。

還暦をすぎ、ますます困難なことや思いもよらぬことも起きるだろう。そのときは、昨年後半から年初にかけて起きた状況と対応を思い出し、自分の人生を自分なり全うしたいと思う。そういう意味で今年は自分の人生にとって意義深い年だったといえる。

 

来年も本ブログでは、その時々の想いを自由に語りたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いします。皆さま よいお年をお迎えください。

 

 

 

 

石垣島&離島の旅(離島編)

今回は石垣・離島ターミナルから船で旅した離島編。最初に向かったのが西表ヤマネコでも有名で豊かなマングローブにおおわれた西表島

 西表島大原港に到着後、すぐに仲間川クルーズに。仲間橋の向こうにある大きな岩はサンゴ礁が成長して海から突き抜けたもの。クルーズ船に乗って数分でマングローブが見えてくる。

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30分ほど乗ったところで一旦下船。大杉を見にマングローブの中を数分歩くと、凄い根をもつ大杉が現れた。

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クルーズの後、由布島へバスで向かう。西表島にある2つの信号のうちのひとつ。本当は信号など不要なのだが、島の子供たちが高校から島を離れ本島や内地に間に行く際に慣れておくためだそうだ。

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カンムリ鷲が木の上から睥睨している姿が。バスの運転手さんが発見し、わざわざ止まってくれた。感謝

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西表島から 由布島へは船ではなく、水牛車を使って渡る。f:id:tkbkun:20181226160540j:plain

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由布島につくと、そこは様々な動植物が生息する楽園。島というより観光のためのエ

リアという印象。ただ、その昔はここに200人ほど住んでいた居住区域だった。

しかし1969年,台風により島が沈没して住民は西表島に避難した。その後、西表おじい夫婦が島に残り、植物を植えて今の観光施設に発展させたという。

ボリビア産のオウベニコウカン

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浜には貝やカニが棲息している。貝もじっと見ているとゆっくりゆっくり進んでいるのが面白いいf:id:tkbkun:20181226160654j:plain

由布島内にある水牛の休養場。週に2回のご出勤だそうだ。

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西表島から 竹富島へ、島民200人の小さな島 信号もなく警察官もいない。(時々

思い出したように石垣島からやってくるとのこと)

 ビーチで見つけた星の砂

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ブーゲンビリアにまとわれた民家。基本は条例で平屋建てで決められていたが、こちらの建物は条例設定前に作られたものだそうだ

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旅行最終日、朝ドラ「ちゅらさん」の舞台にもなった小浜島に朝一番の便で向かった。

この島は全て歩いてみようと思った。

 学校・中学校 日曜日だったサッカークラブの部員が校庭で練習していた。校庭は超広い。

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 シュガーロードと呼ばれるさとうきび畑を貫く道を歩く

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大岳に登る途中でアサギマダラを発見。

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西岳の展望台からの眺め ビーチ沿いのホテルや別荘地が見える。

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白一色のホテル。ギリシャの島の風景を感じさせる

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石垣・離島いずれの旅も天気に恵まれ嬉しかった。ある日は27℃。地元の日でさえも驚く夏日の日もあった。やはり自然は素晴らしい。