少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

素晴らしい歌手はジャンルを選ばない

歳を重ねて思うことは、歌の力だ。歌はことばに羽根がはえたようなもので

さらに感情を高めたり、沈静化させたりする効果をもつ。これは人類ならでは

の行為だろう。だから歌には、いい歌とそうでない歌があるだけで、歌のジャ

ンルに優劣はない。そのことを理解している歌手は、自分の属する歌のジャン

ルに固執することはない。そういえば国民的歌手 美空ひばりも演歌のみなら

ず、ポップス、ジャズと様々ジャンルのものを歌いこなしていた。

歌が上手な歌手は本来演歌系でもポップス系も歌えるし、本来ポップス系の歌

手でも演歌を上手に歌いこなせる。このユーチューブを聴いていただければ、

そのことが、よくわかる。演歌系の島津亜矢のミーシャへの歌への挑戦、松山

千春の演歌、いずれも素晴らしい出来栄えだ。

歌は細かく細分化されるものではなく、人の心をうつかどうかでその価値がわ

かる。それを表現できるのが本当にいい歌手と言えるだろう。

 


島津亜矢 逢いたくていま(MISIA)

 


『風雪ながれ旅』北島三郎 (松山千春さんカバー )

河野大臣や世耕大臣に失望した

河野太郎氏が、日露関係・領土問題といった極めて重要な記者からのたび重なる

質問を無視した。そしてその言い方が、まさにあのトランプ氏と同じで、「次の

質問をどうぞ」だった。言い方や顔つきも非常に傲慢な感じで不快だった。

他の閣僚よりは骨のある人だと思っていたので、大いに失望した。

結局、彼も都合の悪いことは無視したり攻撃するトランプ氏と同じ思考回路の人間

で一般国民を馬鹿にしている人ではないか。「ブルータス お前もか」

            💛      💛      💛

現在の安倍内閣自民党の議員は安倍人気を盾にして、傲慢な態度をとる人が多い。

傲慢の塊の麻生氏を安倍氏が注意しないから、みんなが勘違いしているのかもしれ

ない。安倍氏の側近の世耕氏も、安倍グループにしてはまだ謙虚な人だと思ってい

たが今回、官民ファンドの役職の給与に関して、経産省がいったん約束しておいて

世耕氏の鶴の一声で下げて、反感を与えてメンバーが総辞退するという失態を演じ

た。この仕事に相当する報酬の額が高いかどうかは私にはわからないが、5000万円

であれば、大企業の社長並の報酬だからそんなに高いとも思わない。

それより一旦報酬提示をしておいて経産省の大臣と官僚の意思疎通の悪さで、約束

を一方的に反古にされたら、誰だって怒るのではないか。これは金の問題ではなく

信用の問題なのだ。本来は鶴の一声で約束を反古させた世耕氏が予定されていたメ

ンバーにわびをいれて、その経緯と減額の説明責任を果たすべきだと思うが、まっ

たくそん気配はなく謝るのは官僚任せである。

メンバーがいうとおり、彼らはお金のために引き受けたのではなく、投資に値する

値打ちのある企業にのみ投資するというその理念に共鳴して、引き受けたのではな

いか。

安倍氏のあとの人材なき日本が心配だ。

芸術がすべてではない

 先日 鞍馬へ行く叡山鉄道のとある駅で、京都精華大学の広告看板があって、これ

ぶったまげた内容のものだった。 そこに書いてあった言葉は、ずばり

「芸術がすべてではない」

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 通常、芸術大学であれば、芸術の素晴らしさを伝え、むしろ「芸術こそすべてだ」というキャッチコピーであっても不思議ではない。それがそうではないのだ。

私は思った。これは「芸術こそがすべてだ」という視野の狭い学生や受験生への警告なのだ。本当の芸術とは芸術単独になりたつものではなく、政治や経済 社会という人間の生の基盤となるものとつながって成り立っているのだということを、学生に伝えたかったのではないかと私は理解した。

確かにそういう芸術至上主義的な人はいる。政治経済や社会活動 そして娯楽といった実務的なことや大衆的なものを小馬鹿にしている人は私の周りにもいた。

一方で逆に政治至上主義、経済至上主義の人もいた。

「もうけることは悪いことですか」と場違いな発言をした投資家もいた。もうけることを誰も悪いと言ったのではなく不法的にもうけることが悪いと言ったのだが、その人はそう理解しなかったのだろう。また、法的には責任がないとして、責任を回避する法律至上主義的な人も政治界や経済界には大勢いる。

             💛     💛     💛

岡本太郎氏は私の尊敬する芸術家の一人だ。一見偏った過激な人に見えるが、その著書を読むと、実にバランス感覚のある人だということがわかる。ある著書の中にこんな一節があった。

 

ぼくはここで一つ提言したい。
 酷くユニークで、突飛だと思われるかもしれないが。いま、この世界で必要なことは、芸術・政治・経済の三権分立である。モンテスキューの唱えた古典的な司法・立法・行政の相互不可侵というような技術的なシステムではなく、まったく新しい三つの原理のオートノミーを確立すべきだ。
 政治・経済は人間にとって勿論欠くことのできないシステムである。というより生活j自体なのだ。しかしおかしなことは、日常、ぼくらにとって、「政治」「経済」と聞くと、何かひどくよそよそしい。多分これらの機構がいわゆる政治家、経済人によって勝手にコントロールされ、「芸術」つまり「人間」が抜け落ちてしまっているからだろう。
 
                       (自分の中に毒を持てより)

 

 これは、彼が芸術の重要性を説いている中での発言ではあるのだが、注目すべきは、政治・経済の重要性も認識し、三権分立という言葉でバランスのある生き方を求めていることである。。まさにその通りだと私は思う。彼は芸術の狭い世界に閉じこもらず、社会とぶつかり問いかけ、人間のすべての行為が重要であり、そこに順位付けなどはないことを主張した。

            💛      💛     💛

 また「バランスこそが命綱」と言ったのは、作家でギャンブラーでもあった阿佐田哲也氏でギャンブラーがバランスの重要性を説いているところが並みではない。でも彼のまわりで長年博打を打ってしのいでいる人は必ずバランス感覚にすぐれているそうだ。そういえば阿佐田哲也氏は、大衆小説を書くときはこの名前を使い、純文学を書くときには色川大吉という名前を使っていた。これも彼一流のバランス感覚なのだろう。

             💛     💛     💛

この京都精華大学の広告コピーを見て、この大学もなかなかのものだなと感じ、一度学園祭にでも行ってみたいなと思った次第である。

京都紅葉の旅(鞍馬~貴船~東福寺)

11月中旬から下旬の晩秋は私の一番好きな季節だ。一日一日 日を惜しんで様々な場所に行ってきた。最近急激に足腰が弱っていて階段を避けたり今まで歩いてたところをバスに乗ったりとしていたが、自然景観の素晴らしい所を歩くときは、自然と足が前に出る。12月1日大阪に帰るついでに京都の秋を楽しんだ。京都駅で途中下車して鞍馬寺貴船神社東福寺の3スポットを見学。鞍馬、貴船は人でも少なく、ゆったりした気分で紅葉を楽しめた。東福寺はさっすがに満員御礼。でも満開の紅葉は、さすが東福寺だ。今が見頃だろう。

鞍馬寺駅につくといきなり天狗がお出迎え。

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 鞍馬寺の入口。

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標高800m強にある鞍馬寺本堂からの眺めは最高

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鞍馬から貴船神社への移動は叡山鉄道と京都バスを使って移動

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貴船神社へ行く道にそって流れる川景色

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貴船神社は絵馬の発祥地とも言われている

f:id:tkbkun:20181203214527j:plain東福寺庭園入口から鮮やかな紅葉がお出迎えf:id:tkbkun:20181203063820j:plain

紅葉越しの東福寺

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紅葉と着物はよく似合う。誇るべき日本の美

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青空と紅葉のコントラスト

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毎年 紅葉を愉しめる歓びを感じつつ、父母のいる大阪へ向かった

唯一無二の者などいない(ゴーン氏の逮捕から)

  前回のブログで日産のゴーン氏の経営手法について触れたが、何とそのゴーン

氏が金融取引法違反で逮捕された。自らの報酬額を半分に申告し、高額な家族旅

行など私用の費用まで会社に負担させていたという。あいた口がふさがらない。

                 

 ゴーン氏によってリストラされたり過度なコストダウンを要求された取引先の

人達はこの事態をどんな気持ちで受け止めているか、さぞ無念とやり場のない憤

りにかられていることだろう。あまりに悪質で信頼を裏切る行為だ。

私はこの背景に「唯一無二」という考えがあると思う。この人は、組織にとって

日産の危機を救った唯一無二の人だから、多少のことは許されるという周りの甘

い対応が、ゴーン氏を増長させたのではないか。

            ♢         ♢ 

 正直、これだけ技術が向上し教育が普及した社会の中で、この人がいなければ

成り立たないものなどいない。例えばビルゲイツ氏やジョブス氏がいなくても、

時代の流れで今のようなIT社会は到来していただろう。彼らがいたことで、そ

の時期が早まっただけだ。

以前、某有名芸人が不祥事をおこしたとき、「彼のような才能をもつ芸人は外に

いない。彼をこれくらいの不祥事で芸能界から失うのは損失だ」という人がいた。

結局その芸人は常識にそって解雇され芸能界を去ったが、彼のかわりはいくらで

もいる。こうした唯一無二として神格化することの怖さは、人が集まると必ずお

きてくる。

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           ♢     ♢     ♢

 五木寛之氏のいうように、我々は大自然からすれば大河の一滴にすぎない。

常にそうした謙虚な気持ちをもてれば、勘違いすることもないだろうし、他人に

対しても神格化することもない。以前小泉元首相が「政治家は使いすてられるも

の」と言ったが、全くその通りだと思う。ゴーン氏は日産の危機を救った時点で、

日産から離れルノーに戻るべきだった。

そうすれば、こんな悪質なことをせず、救世主としての名誉を勝ち取ることがで

きたかもしれない。結局彼にとって名誉より金が大切だったのだ。

         ♢    ♢    ♢    ♢

 ただ、疑問に思うのは、あれだけの報酬をうけとりながら、さらに数字をごま

かしたり会社の資産を私物化するリスクを冒してまで、その金で彼は何をしよう

としていたのだろうか。そこがよくわからない。お金の使い方を見ればその人の

本性がわかるというが、どうなのだろうか。金の魔力は恐ろしい。

いずれにしても権力は必ず腐敗する。その怖さを知っている者は、自分の使命が

終われば、自らその地位をすっぱりのく。本田宗一郎氏や小倉昌男氏のように。

       ♢     ♢    ♢    ♢    ♢

 権力の集中や長期支配の弊害をとくマスコミ各社の多くが、Ý新聞をはじめ長

期にわたり権力者が老害ぶりを発揮し、忖度する取り巻きたちがガードを固めて

いるのは皮肉なものだとしかいいようがない。

権力をチェックし糾弾する新聞社やテレビや出版社などが、自分の会社の権力者

には尻尾をふっていたとしたら、それはジャーナリストとはいえないだろう。

今回のゴーン氏の凋落をみて、また組織の在り方、権力の行使の在り方につい

て考えさせられてしまった。

 

無駄なこと しなければならないこと

                 ♤ 

 5年前に会社員をやめて、何が一番うれしかったと問われれば、あの地獄のような

朝晩のラッシュから開放されたことだ。私は小田急線で通勤していたが、特に都内

に出る時の小田急線の混み具合は尋常ではなかった。朝から押した押さないで喧嘩

にも時々遭遇してうんざりして会社へ向かったことも1、2日ではなかった。

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 それともうひとつは、無意味な仕事を求められることがなくなったことである。

会社自体は各人に無意味な仕事や仕事の仕方を再考しろと号令をかけていたが、む

しろ意味のない、また中身の薄いプロジェクトや研修など自分の仕事に専念できな

い仕事を用意していたのは会社や部門の方であることが多かった。人が多くなるに

つれて情報共有のための会議や打ち合わせが多くなり、その資料づくりのために時

間がさかれるということも発生する。

           ♤      ♤      ♤

 報連相の必要性をとくコンサルタントもいるが、それもいきすぎると自分の本来

の業務ができなくなる。今、教師の多忙さが話題になっているが、教師が本来しな

くてもいい仕事を命じられたり、せざるをえない状況がかなりあるようだ。

給食代などの督促など完全無料化して支払いの督促など気がめいる仕事を減らして

あげればと思うし、そうした学校内に法務に詳しい元会社員を雇って、彼らにそう

いう仕事も含めて学校内の家族側とのトラブルに対応してもらえればいいと思う。

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           ♤    ♤    ♤    ♤

 そして組織というものは、コストを減らすことには熱心だが、コストをかけても

本来すべきなのにしていないことについては、あまり関心を示さない点がある。

昨今見られる業界のずさんな品質検査やデータ改ざんはまさにそれにあたる。

ゴーン氏が日産に乗り込んで品質管理を簡素化したり、コストは高いがいい品質を

提供する取引先と関係をたったりとコストを大幅にカットして、経営的な数字は改

善されたが、品質は劣化し品質に関する信頼感を落としてしまった。そんな中でゴ

ーン氏は経営数字をあげたとして莫大な報酬を手にした。こんなゴーン氏は果たし

て名経営者といえるのか。私にはいささか疑問だ。

          ♤   ♤   ♤   ♤   ♤

 自分が不要だと思う仕事からの解放や必要と思ったことがなかなかできなかった

会社時代から身をひいて思うのは、その背景には数字のこわさがあるということだ。

数値管理、見える化は確かに大切だが、それが最上位にくると必ずといって問題が

生じるのだ。目標に達したか達しなかっただけに関心が言って、本来の仕事の意義

を実感できなくなってしまう。

いま、私にはそうした無意味な数字目標は学校から求められていない。死ぬまで日

本語教師をして1000人以上の留学生を教えたいという数値目標はあるが、これはあ

くまで個人目標であり、目標はあくまで「わかりやすく楽しい授業をしたい」それ

だけが今の私をつき動かしているのだ。そのために授業のあとにうまくいかなかっ

た点は次回はどう改善していけばいいかを考え、期末の最後の授業時には自ら用紙

を配付して授業の感想を学生に書いてもらっている。

これは誰に命じられたことではないし自分を学校に評価してもらうためでもないの

で全く苦にならず、むしろ学生からのメッセージを宝物にしている、               

       ♤    ♤   ♤   ♤   ♤

 それはさておき過度なコストカットで品質の低下をもたらし、ある面では形づく

りのための不要な仕事をつくりだし本来の仕事を疎かにしている現状が、今の日本

の品質神話に影を落としていると思う。何が無駄で、何が必要か、つねに自問しな

がら、基本は時間・お金という限られた制約のなかで、顧客のためになにができ

るかを考えることが日本再生の第一歩だと思う。

           

メルケルのような女性首相よ 日本に出でよ

                  💛

 先進国の中で、政治における女性の地位が最も低いのが日本と言われている。私がこどものとき(50年前)にくらべれば、与党・野党の女性議員の比率も増え、大臣も登場するようになったが、残念ながらまだ首相はあらわれていない。これは女性が政治家として活躍する基盤が欠けているということもあるのだろうが、女性議員の中にこの人を首相にしたいという人材がいないということもあると思う。

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 私は今世界の中で最も高度な政治力と高い倫理観をもった政治家は女性のドイツ首相のメルケル氏だと思っている。支持率が下がることをあえて承知したうえで大局観と倫理感で難民を積極的に受け入れようとしている度量はすごいものがある。並みの首相なら支持率をあげるために難民受け入れに消極的な施策づくりをするが、彼女はこの件に関してだけは決して妥協しようとしない。EUの連帯についてもフランスとの関係を良好にしてメルケル氏なくしては、ポピュリズムに覆われだしたEU各国はもろく分断してしまう可能性がある。彼女は、東ドイツ出身だがふつうであれば、統合された東ドイツ側から統一ドイツの首相に抜擢されることはありえない。彼女の群をぬいた力と誠実さが西ドイツの人々の信頼感を勝ち得たのだと想像する。

「メルケル首相」の画像検索結果

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 力のある女性首相といえばよくサッチャー氏の名をあげる人がいるが、彼女は決してグローバルな人ではなく、今はやりの言葉でいえばアングロサクソンファーストの人であり、社会的弱者に思いを致すという倫理観はほとんどなかった。フォ―クランド紛争では、植民地時代に奪い取った南米の孤島のために多くの軍隊をおくり無益に自国の戦士の命を奪った。メルケル氏とはその点で力量・度量に雲泥の差があると思う。

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 ひるがえっていまの日本ではどうか。最近は必ず閣僚の中に2~3人の女性大臣が現れるようになった。(今回は一人だが、国会や党の要職についている)

ただ、この人が首相になればという日本版メルケル氏が不在している。稲田氏、高市氏 野田氏 片山氏 いずれも不適切な言動や対応で自ら信頼感を低下させている。もう国会議員ではないが一時期待された小池氏も人を小馬鹿にした行為とその独断さにより一気に国民からの信頼感を失ってしまった。

彼女らをみているとヒラリークリントン氏に見られる常に自分を前面に押し出す自己顕示欲がみえかくれして、本来の日本をよくしようという使命感やそのために自分が泥や非難をあびてでもやりぬこうとする、かつての市川房江氏のような骨の強さ見えてこない。野党側をみても育児の重要性を訴えながら不倫まがいのことをして、他人の不祥事に対しては厳しく糾弾するが、自分の不手際や不適切な行為については沈黙を守った山尾氏など人間として論外の人もいる。

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 これでは女性の首相の誕生や大臣比率のアップはのぞめない。まずメルケル氏のような優れた女性政治家が登場し、その姿に感銘し薫陶を受けた女性政治家がどんどん増えていくという流れにしなくてはならないが、そこが見えてこない。自民党の松島氏は以前国会の中で議論が行われているときに本を読んでいた。ふつう会社の役員会で重要課題を論じているときに議論と無縁の本を読んでいたら即刻役員を解任、場合によっては首になるだろう。そして笑えるのは松島氏が読んでいた本はメルケル氏の書いた本だという。メルケル氏を尊敬しているなら、自分の自由時間や遊説中の車中で読んで、そこから何かを学べばいいのであって、この程度の人が大臣なのかと、恥ずかしい気持ちになった。

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 日本にも出でよ。メルケル首相並みの力量をもった女性首相が。男性比率が多い政治界に未来はない。本当の意味での男女の智慧が結集された国や世界にならなくてはならない。私はメルケル首相並みの力量をもった女性首相の登場を強く期待している。そして東ドイツでありながら、また女性でありながらもメルケル氏を抜擢したコール首相のような人を見る目をもった男性首相を強く望んでいる。残念ながら現在の首相の安倍氏には地味ではあるが優れた人材を抜擢する眼力は全くない。