少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

堀文子さんの好奇心と胆力が凄すぎる

堀文子画文集 1999~2009

サライ11月号に画家の堀文子さんとタモリさんの対談が掲載されています。それによると堀文子さんに座右の銘はないそうで、そんなものがあるとその言葉に縛られてしまうからだそうです。いかにも堀さんらしくていいですね。

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私は、数年前から堀さんの大ファンで画文集も殆ど読みました。作品・行動・言葉が見事に一致していているところが素晴らしいですね。1918年生まれの96歳という高齢ながら好奇心が全く衰えず、今も顕微鏡でミジンコなどの微生物をみては、絵にされています。命に対する畏敬の念が、作品にも滲み出ています。堀さん自身、画文集の中で こう記しています。

私は牡丹を描くときも、アンデスを描くときも、ヒマラヤを描くのも一緒なのです。この宇宙と生命の不思議を描き続けているだけなんですから

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堀さんは子どもの頃から野山を歩き回ることが好きで、本当は科学者になりたかったそうです。画文集の中でも単なる美としてではなく科学的な視点で、生命を語る文章がみられます。例えば小鳥の文章

森の茂みに住む小鳥達。小さな体で何千㌔もの旅をし、この森に来て雛の巣立ちを見届けたあと、また遠い故郷に渡っていく。空を飛ぶという超能力をもった鳥達の重力を克服するための、あの無駄のない形 その羽の色のどれも精緻で奇抜なこと。

堀さんの絵に中和性を感じるのは、こうした科学的な視点が、ともすれば甘い感傷に陥りがちな風景画に透明感を与えているように思います。

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堀さんは、バブル時代の日本が嫌で70歳のときに単身イタリアに渡り、77歳のときにマヤ遺跡 82歳にヒマラヤに旅するなど、旺盛な好奇心と外連味のない行動力で、自分の画風や世界を拡げていきました。しかし堀さんの関心は冒険にあるのではなく、ただただ美しいものを描きたい、美にひれ伏したいという気持ちだけなのです。それは、過去と未来をシャッタアウトし今だけに心を集中させる少女の視点です。

驚き続けるために、私はいつも空っぽでなければならない。過ぎたことを忘れ、過去の業績に頼らず、出来上がったものをこわし、始めて迎える今日に全身を傾けたい。何も知らなかった幼い日の無心に帰ることが私の作業だと思っている。

人生の最終章をむかえるシニア世代にとって、堀さんのこの言葉は大いに参考になる点があると思います。

 

 


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