少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

よく生きることば 「美・愛・真で生きる」

美愛眞 (PHP文庫)

 武者小路実篤の著作に「美愛真」というエッセイがあります。よく真善美という言葉はみかけますが、こちらは善が愛にかわっています。愛というと善に比べて主観的な感じがしますね。私は何となく、美愛真という言葉の方に心動かされます。

 

この美愛真という言葉を知ってから、三大的なものに、美・愛・真をあてはめるくせがついてしまいました。

例えば生命に必要な三大要素の「水」は美。「光」は愛。「空気」は真。

三大俳人の「蕪村」は美。「一茶」は愛。「芭蕉」は真。

三大音楽家の「ベートーベン」は美。「モーツァルト」は愛。「バッハ」は真

といった具合です。

 

それでは、私が人生の最終章で大切と考える「自然科学」「芸術」「哲学」はどうでしょうか。個人的な考え方とお断りした上で申し上げますと

 「自然科学」が美。「芸術」が愛。「哲学」が真。

となります。

 

一般的には、自然科学は真、芸術が美じゃないかと考える人が多いと思いますが、私は科学というものが真実のみを追求している限り、文化として認められないのではと思っています。私は「生命」ほど美しい型と連携をを表現したものはなく、その研究対象の生命を美ととらえることは、すなわち自然科学を美ととらることに結び付くと考えるのです。そして美の力の蓄積によって科学は文化となるのです。

 

 一方、芸術は愛の表現ととらえます。美は客観性をともないますが、岡本太郎ではないけれど芸術は生命の魂の爆発であり、これは芸術対象への熱烈なる主観的な愛情によって支えられるものと考えます。

 

 最後に哲学を真としているのは、哲学こそが、嘘偽りのない誠でなければ他者に伝わらないし、自分を納得させることができないと考えるからです。哲学は「その哲学に基づく行動」および「伝達としての言葉」によって判断されますが,その際の条件は決して嘘がなく誠に満ちていること一点にかかっていると私は考えます。

 

 以上が私の美愛真の捉え方であり、「自然科学」「芸術」「哲学」を通じて美愛真の境地へ達することこそが,私の目指すべき方向です。