少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

晩年の生き方について

その人のすべてが、晩年にあらわれると思っています。

というのも最も主体性・本気度が現れるのが晩年の行動と思うからです。

子どもの頃は親と学校の保護や監視下におかれ

社会人になっては会社の方針の範囲内での貢献が求められ

完全に主体性をもって自由に生きることは、容易ではありません。

しかしその反面、流れに乗ればそれなりの安心感もありますし

やるべきことは外部環境により定められるので楽と言えば楽かもしれません。

あとは、適応能力と運次第ということでしょう。

しかし、晩年の人生はそうした制約は薄れ自己決定の機会が増えます。

そのときにどう生きるかで、その人の真の姿が垣間見える気がします。

 

プライド―それでも人は生きていくなり

 先日図書館で「プライド」という本を手にしました。韓国を代表する財閥系企業の

三美グループで副会長まで上り詰めた徐相禄氏が書いた本です。

三美グループは20世紀末に起きた韓国経済の崩壊によって不渡りをだし倒産、

徐氏は引責辞任しました。この時すでに60歳を過ぎていました。

本来ならこれを機会にリタイアするか、これまでの実績をもとにコンサルタント

大手企業の顧問・役員に転身するというのが一般的な進路だと思えます。

実際そのようなオファーはあったようです。

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ところが徐氏は、社員や取引先に対する贖罪の気持ちと、企業を倒産させた

自らの経営能力への疑念から、こうした転身を良しとしませんでした。

以前からやりたいと思っていたウェイターになろうと就職活動を始めるのです。

これは周囲に大きな波紋を巻き起こしました。

友人と思っていた人からは「お前が落ちぶれるのは構わないが俺にまで泥を塗るな」

と非難され、70歳になる姉からは「そこまで落ちぶれるとは」と泣かれ、

多くの知人からは「パフォーマンスだ」と揶揄されました。

事実就職相談所の窓口も、面接にいった企業の人事担当者も本気にしませんでした。

事業部長や店長としてのオファーはありましたが、

この業界で素人の自分にリーダーになる資格や能力はないと断りました。

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 しかしついに、徐氏はロッテホテル35階、レストラン「シェンブルン」で

ウエイターの仕事を得ました。

自分より何歳も若い先輩のウェイターに教えを乞い、彼らと良好な人間関係を

築くためにカラオケにも一緒に行って溶け込もうとします。

その上、徐氏は自分の最大の強みと、雇ってくれたレストランにどうすれば貢献

できるかをしっかりと把握しています。それは、広い人脈と行動力です。

自ら営業マンとして独自の名刺をつくって、多くの知人や友人たちに

自分が勤めているレストランに来るよう積極的にアプローチします。

最初にお客として迎えたのは、副会長時代の4人の秘書たちでした。

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徐氏は普段も蝶ネクタイをしているので、プライベートで食事をしてると、

ウェイタ―と間違われることがあるそうです。相手は間違いに気づき恐縮しますが、

そこですかさず自己製の名刺を手渡し、自分の店をアピールします。

人と接したらどんな機会も逃さない。アグレッシブな仕事ぶりはさすがです。
  
徐氏は、どんな仕事であれ社会が必要としている仕事である以上、自分の職業に

プライドをもつことが一番大切であると説きます。

誇りは他人から与えられるものではなく自らが感じ取るものだと言うのです。

久しぶりに晩年を真摯に生きた人の魂に触れ、爽快な気持ちになりました。