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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

魁夷の絵はなぜ温かさを感じるのか(東山魁夷記念館を訪ねて)

一年に一度、年末か年始に千葉県市川市にある東山魁夷記念館を訪れます。

自分自身の今の心の風景を確認するためです。

 

東山魁夷は、太平洋戦争が終了した1945年 37歳のときに千葉県市川市に住居を構えて、本格的に絵に打ち込みました。まだ無名で、前途も定かでない時代でしたが、その2年後の「残照」で魁夷は一流の画家の仲間入りを果たしました。

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魁夷が描く風景画の多くは厳しい自然であったり、特に代わり映えのしない建物が

殆どです。そして人や花や動物は原則描かれません。

鑑賞者は風景のみと対峙することを要求されるのです。

しかし何故か温かく、あたかも自分がそこに居たかのごとく郷愁さえ感じます。

その時、描かれた風景と自分はもはや無縁ではありません。

これはどういうことなのでしょうか。私には説明する能力がありません。

東山魁夷 白の風景

 

現在記念館では1962年魁夷が50歳台半ばに決行した北欧4か国の旅のスケッチから

リトグラフを中心とした展示がされています。(〜2015年2月22日まで) 

なぜ50も半ばにして魁夷は国内を離れ、長期にわたり北欧に出かけたのでしょうか             

復刻普及版 北欧紀行 古き町にて

 

 北欧に旅したころは既に画壇でも名を馳せていた魁夷でしたが、本人は、今一度、風景画家としての自分の原点に立ち戻る必要性を感じていたようです。この旅を決行するにあたり、このような記述が著書「白夜の旅」の中にあります。

 その頃、私の心の中に聞こえている声があった。一度この辺で、その日常を断ち切り、心を新鮮にし腰を落ち着けて大自然の中におまえ自身を置く必要がある、私はこの内心の声に素直に耳を傾け、なんとかしなければならないと、真剣に考えていた。

白夜の旅 (1963年)

 

そして北欧の自然や街並みや人々は、予想を超えて魁夷の心に強く響いたようです。

あんなに遠い北の国であるのに異郷というものではなく、私の心の最も深いところにある親しい風景ーあの旅で感じたのは郷愁ではなく私を郷愁に誘う根源的なものとの巡り合いであった。それが余りにも鮮明な姿で現れたため、私は無心で、ひたすら清澄な空気を呼吸し、私自身が透明になって、森や湖の上に消散してゆくのを感じた。

 

 なるほど、私が魁夷の作品の前に立ったときに感じるあたたかな気持ちの解は、

この魁夷の記述に全て含まれていました。

魁夷が北欧の風景の前に立った時に感じる透明感を、我々鑑賞者は、

魁夷の作品を通して感じ取るのです。

だからこそ魁夷の風景画には温かみがあるのだと承知したのでした。

 

 ↓ 記念館の詳細はこちらまで。

市川市東山魁夷記念館