少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

愛することができる人は幸せである

40歳前後、精神的に苦しい時期がありました。

その時に心の支えになったのは、家族と自然、幾人かの友人、そしてヘッセでした。

私は満たされない心を必死で補うかのようにヘッセの小説やエッセイを読みました。

ヘッセ自身、自分の心の闇と世間との軋轢に戦い続けた詩人でした。

そのヘッセが 小説「シッダルタ」に記したこの言葉が、特に胸をうちました。

 

この世を見通し、それを解明し、それを軽蔑することは偉大な思想家たちの仕事であろう。

けれど私にとって大切なのは、この世を愛しうること それを軽蔑しないこと 

この世と自分を憎まないこと この世と自分と万物を愛と感嘆と畏敬の念をもって眺めうることである。

  

シッダルタ (岩波文庫)

 

ヘッセは、幸せとは「愛」であり、それ以外の何物でもないと言います。

そして「愛されること」は何ものでもなく「愛する」ことがすべてだとしました。

「文学における表現主義」という随筆では、ヘッセはこのように愛を語っています。

 

愛することができる人は幸せだ

愛に関しては、ちょうど芸術家の場合と同じことが言える。

つまり最も偉大なものしか愛せない人は、最もささやかなものに感激できる人よりも貧しく劣るのである。

(中略) 愛は一切のものを自己の中心に結びつけることによって、時間を克服する。

愛だけが人間にとって確実な支えとなる。愛だけが、正当性を主張しないがゆえに、正当性をもつ。

 

私も人生の最終章を迎え、この言葉の真実さを感じる者です。

振り返れば、ちっぽけな自分を支え、心血を注いできたものは、

つまるところ、家族への愛であり、生業に対する愛だったように思います。

人生の最終章を迎えるにあたっても、愛すべき対象が心の支えになるでしょう。

愛されることよりも、愛すること。

つまり与えられるよりも与えることが大切なんだと思います。

 

そしてその上で、自分を気遣い与えてくれる人に対する深謝を

忘れないようにしたいと思っています。