少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

むしのいい考えはしない (森田療法に学ぶ)

私は、若いころから神経質なところがあって、大きな環境変化がおきると

その圧力に耐えきれず鬱的な症状に苦しむことがありました。

そんなときに出会ったのが、神経症治療で名を馳せた森田正馬(1874-1938)が説く

森田療法」でした。療法といっても、ものの見方・視点を見直すということが

中心で、あまり医療的な雰囲気を感じさせないことに特長があると思います。

 

現代に生きる森田正馬のことば〈2〉新しい自分で生きる 編者:生活の発見会 1998年3月刊 白揚社

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神経質について、森田博士は、このように述べています。

いやなことを、いやでなくしておいて、それから手を出そうとするのが、神経質の通弊でありずるいところである。試験勉強は当然苦しい。それで勉め強いるという。もしそれが面白かったときには、試験道楽というべきである。その苦しいのを面白くありたいと思うときに、読書恐怖になるのである。苦しいながら我慢して勉強するのが柔順という。その柔順は、はじめは、ほんのふりをするだけでも、ともかくも実行しさえすれば、心のうちの感じは、どうでもよい。これを気分本位を捨てて事実本位になるというのである。

 

森田博士は、今でいうポジティブシンキングを否定します。嫌なことをむりに楽しく

考えようとして、余計に思想の矛盾に陥り、自ら苦しくしているというのです。

神経質な人は気分本位のため客観的事実から離れてしまい、「あるがまま」ではなく

「かくあるべし」という妄執にとらわれ身動きできなくなっていると指摘します。

したがって、とるべき態度とは、面白くはないが、どうしてもやらねばならぬ勉強な

のであれば、「いやだ いやだ」とあるがままの心でいながらも、勉強という行為は

逃げずにするということ。そうすれば向上心が強いという神経質な人の利点が活き、

その結果、欲望を満たすことができるようになるというのが森田博士の考えです。

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私はこの文章に出会ったとき、確かに今までの私は、とにかく気分を爽やかにした

い、恐れることなく堂々としていたいという気分本位とらわれすぎて、目の前にある

本来の目的にそった今すべきことの実践が疎かになっていると感じました。

環境の変化には対応したい、でも苦痛なくそうしたい、という「むしのいい考え方」

をしていたんですね。でも現実はそんなに甘くはありません。

環境が変化すれば苦労も多くなるし、これまでの成功体験は通用しないのは当たり前

なのです。想定される「苦痛」「苦労」を覚悟して挑む姿勢が必要でした。

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「むしのいい考え方」をせず、得るものがあれば失うものがあるということを認める

ことで、徐々に気持ちが楽になり、実際に失う局面が生じても、あたふたとする度合

いが減ってきたように思います。

私は森田博士の書いていることすべてを良しとするものではありませんが、その著書

を読んで、「むしのいい考え方はしない」という思考に辿りついたことは、非常によ

かったと思っています。