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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

手なりで進めず、自分の頭で考えてみる

10年ぶりに「将棋世界」を買いました。日本将棋連盟が発行している月刊誌です。

少し大袈裟かもしれませんが、老化防止の観点からも頭の訓練の必要性を感じて、

以前よくやっていた将棋を使って、脳を刺激してみようというわけです。

 

将棋世界 2015年 02月号 [雑誌]

 

 将棋は小学生高学年からのつきあいですが、20歳あたりが棋力のピークで、その

 頃は恐らくアマ2段くらいだったと思います。でも今は初段も怪しく、さっそく

 トライしてみた5〜7手詰めの詰将棋もそう簡単には解けません。

            ☗   ☗   ☗   ☗

 久しぶりに将棋に触れてみて感じたこと。

 それは「将棋と人生には結構共通点がある」ということでした。

 攻め半分 受け半分、相手があることなので、決して思い通りにはならない。

 勝つためには、原則自分の実力をつけるしかないけれど、たまに相手がポカをして

 実力がなくても勝てる場合があるので、つい過信してしまうことがある。

 勝つための戦略・戦術はもたなければいけないが、相手の出方によっては、臨機応

 変にそれらを変更しなければならない、などなど。

             ☗   ☗   ☗   ☗

 あともうひとつ。勝つためには忍耐力が必要ということ。

 史上最強の棋士 大山15世名人が、よく色紙に書いたのが「忍」という言葉。

 そして、名人が座右の銘にした言葉がこちら。

 

    助からないと思っても 助かっている

 

    絶対絶命のピンチ。すでに勝負は決したという局面で、いま一度冷静になって、

 ピンチを脱する手がないかどうか、将棋盤全体を眺めてみる。

 そうすると、ときに固定観念から解き放たれた手がすーと見えてくることがある。

 まったく視界にはいっていなかった自分の遊び駒が、ピンチを救ってくれることに

 気づく。二枚腰の粘りといわれた大山名人ならではの心構えであり、自分の人生に

 おいても、振り返ってみればそのような局面は数多くあったと感じます。

 しかし凡人の悲しさ。大山名人と違って、ことが決してから振り返ってそのことに

 気づき、悔しい想いをしたことが大半ではありますが・・・

             ☗   ☗   ☗   ☗

 最近感じるのは、人生の最終章は「手なりで進めてはならない」ということです。

 これまで会社や社会の中にどっぷりつかっていたときは、決して手なりで進めてい

 なかった人が、仕事を離れたとたん、行き当たりばったりに過ごすようになり、思

 考停止になって、世間の風潮や流れに安易に身を任せてしまう。

 また逆に、会社や社会の中にどっぷりつかっていたときは、手なりで進めていても

 それまでの経験知で何とかクリアできてしまうため、人生の最終章も、その経験で

 何とかクリアできると勘違いしてしまう、などなど

             ☗   ☗   ☗   ☗

 そうは甘くないのが人生の最終章のようです。

 ならば、将棋同様、考える力が落ちていても、自分なりに人生の構想をたてつつ、

 状況に応じて打ち手を自分で考えていくしかないでしょう。

   運命という相手と、自分は将棋を指している。

 久方ぶりに正面から将棋に向き合って、自分の頭で考える癖をつけるようにしたい

 と思っています。