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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

ヘッセの詩にみる「内面への旅」

お元気ですか。少年シニアです。

以前も書きましたが、少し心が酸欠に襲われたなと感じたとき 私はヘッセの作品に

触れることにしています。ヘッセは決して人生の達人ではありませんが、ヘッセ自身

の言葉は、彼の苦しみの中から生み出されたもので、私はそこに大きな信頼を寄せ、

勇気をもらっています。

 

ヘッセ詩集 (新潮文庫)

ヘッセ詩集 (新潮文庫)

 

 

ヘッセがいつも強調するのは、答えは自分の中にあるということでした。

書物を読むのも、作者や外の世界を知ることが最終的な目的なのではなく、それらを

通して、読み手自身を知ることだと考えたのでした。 こんな詩があります。

 

 この世のあらゆる書物も おまえに幸福をもたらしはしない

 だが、書物はひそかに おまえをおまえ自身の中に立ち帰らせる

 

 おまえ自身の中に おまえの必要とする一切がある 太陽も 星も 月も

 おまえのたずねた光は おまえ自身の中に宿っているのだから

 

 おまえが長い間 万物の本の中に求めた知恵は

 今どのページからも光っている それはおまえのものなのだから

                   (ヘッセ詩集 書物 高橋健二訳)

 

 ヘッセは少年の頃から、ひたすら詩人になりたいと願いました。しかし詩人を養成

するための施設などどこにもありません。ヘッセは詩人になるため自ら孤独なそして

危険な道を歩みました。すべての感性を駆使して自己とまわりの関係を認識し、それ

を言葉の魔術によって紡ぎ出したのです。

ヘッセは終生自分の内面をみつめ自分に妥協することはありませんでしたが、世間に

対しては次第に諦観をもつ中で、折り合いをつけるようになりました。

 

   カシの木よ おまえはなんと切り詰められたことよ!

 なんとおまえは異様に奇妙に立っていることよ!

 おまえはなんとたびたび苦しめられたことだろう!

 とうとうおまえの中にあるものは、反抗と意志とだけになった

 私もおまえとおなじように、命を切り詰められ 悩まされても 屈せず

 毎日 むごい仕打ちを散々なめながらも 光に向かって新たにひたいをあげるのだ

  私の中にあった優しいものを 柔らかいものを 世間が嘲って

 息の根をとめてしまった だが私というものは金剛不壊だ

 私は満足し和解し 根気よく新しい葉を枝から出す いくど引き裂かれても

 そして どんな悲しみにも逆らい 私は狂った世間を愛しつづける

                  (ヘッセ詩集 短く切られたカシの木 高橋健二訳)

 

 晩年、ヘッセの愉しみは「風景画を描くこと」そして「庭仕事」でした。書物を

読みながら自分の内面を見つめていたのと同様、絵を描くことや庭仕事を通じて、

自分との対話を楽しんでいたのではないかと私は勝手に想像しています。