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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

あるがままを生きる 「森田正馬の教え」

雑感 よく生きることば

お元気ですか。少年シニアです。

私は秋になると、何故かビートルズの「Let it be」を聴きたくなります。

「Let it  be」。「あるがままに」という意味でしょうか。

 


The Beatles-Let It Be Music Video (1970) with lyrics ...

 

そして「あるがまま」というと、私は森田正馬を思い出します。

森田療法」という独特の神経症の治療法を編み出した人で、私も一時鬱を

患ったときに、大変参考になった治療法です。

森田は、神経症の原因を「あるがままのものを あるがままにみないこと」

で発症するとして、この考え方をもとに独特の治療法を編み出しました。

 

あるがままに生きる 森田療法の心の処方箋 (講談社+α文庫)

あるがままに生きる 森田療法の心の処方箋 (講談社+α文庫)

 

 

 例えば、今日は会社を休みたい と思う。

それは普通、誰しもが思うことで、これがあるがままの姿です。

ところが神経症の人は、そんな怠けた心を持ってはならない、朗らかな気持ちで

会社に行かねばならないと考える。

ところが実際は嫌だからその考え方は長く続かず、会社に行けなくなってしまう。

ではどうすればいいか。

 

会社を休みたいという気持ちをもったまま、会社に行けというのが森田の答えです。

休みたいなら休めと言わないのが森田流で、もし会社を休めばさらに気持ちは沈む。

それは普通の人は理由もなく会社を休むのは良くないと思っているからです。

だから会社を休みたいという気持ち、会社を休んではいけないという気持ち、その

いづれのあるがままも尊重して、葛藤しながら嫌々でも会社に行けというわけです。

私はこの考え方で、会社に行ったことが何回もあります。

不思議なことに会社について仕事が始まると、不快感は薄らいでいきました。

 

欲望についてもそうで、欲望を否定してはいけないというのが森田の考えです。

「人からよく見られたい」「人より優れたい」「少しでもお金がほしい」。

いずれも、あるがままの真っ当な欲望である。

一方、「人に媚びたくない」「人を見下したくない」「お金に振り回されたくない」

というのもあるがままの欲望であって、この双方の欲望の葛藤をかかえながらも

その中和点を見出すのが、あるがままを尊重した生き方であるとします。

 

したがって森田からすれば、過度なプラス思考は害あって益なしであり、むしろ

こうした思考が、新たに無用な鬱を引き出すと考えます。

逆に過度なマイナス思考や謙虚すぎる態度も問題があるということになります。

 

 私が50半ばにして、自然や生命に関心を寄せるようになったのは、自然・生命が

示してくれる「あるがまま」に強く惹かれたのだと思います。「あるがまま」から

ますます離れていく政治・経済・社会からは一定の距離を置きだしたのも、そういう

意識からです。

まず、科学という事実をベースとしたものをきっちり把握した上で、いま一度、自分

や自分がいる人間社会について考えてみよう。そこに今までに見えない景色が見えて

こないだろうかという期待を込めて。

今はそんな気持ちをもって毎日を過ごしています。