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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

久方ぶりに手塚治虫の「ブッダ」を読んで

 

お元気ですか。少年シニアです。

生命の勉強をする中で、生命を深く掘り下げて考えた先人のことを想います。

人間とは・・・と考えた偉人は多いけれど、生命全体を考え、その中で人間の生きる

道を示し、多くの人に深い共感と方向性を与えた人はそう多くはないでしょう。

釈迦はその数少ない人のひとりだと思います。

久しぶりに、手塚治虫氏の「ブッダ」を読み直しましたが、一気に全巻を読んでし

まいました。手塚氏も広い視野と深い洞察力で生命の素晴らしさを広く伝え、多く

の人に支持された創造者でした。

手塚氏は、釈迦とどんな対話をしながらこの作品を描いていたのでしょうか。

ブッダ全12巻漫画文庫 (潮ビジュアル文庫)

ブッダ全12巻漫画文庫 (潮ビジュアル文庫)

 

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 悟りを開くまでの釈迦は、今でいう「神経症」の人だったのでしょう。

非常にナイーヴで理想主義。物事を理屈でとらえ、「かくあるべし」と考え、その

ギャップに悩む。まさに神経症の人の思考回路で世界を捉えていたようです。

手塚「ブッダ」でも、その姿を丹念に描いています。

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 その釈迦を変えたのは、世界を放浪する中で、見て触って聴いて感じた「あるが

ままの現実」でした。特に、自分の生命は他の生命の犠牲によって成り立っており

どんな生き物も死から逃れることはできないという事実をつきつけられ、釈迦は苦

行で人を救うことはできない、ものの見方・考え方を変えることでしか人は救われ

ないことを悟ります。

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釈迦の重要な教えの「八正道」で真っ先に示される「正見」。

単に見るのではない。深く微細に実態のままに物事を見ること。極めて醒めた眼で

とらえた現状認識。これなくして「あるがまま」を捉えることはできません。

 全く次元が違うと思われるかもしれませんが、自身ギャンブルで生計をたて、のちに

麻雀放浪記」という傑作を生みだした小説家「阿佐田哲也」氏が、プロのギャンブ

ラーにおいて最も大切な資質は、眺める能力であると、エッセイに記しています。

しっかり眺めることもせずに、ひょいひょい手を出す人は、ギャンブラーとして大成

しないそうです。

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私は生きるということも同じことが言えるのではないかと思います。

まずものごとをしっかり眺めること。そしてしっかり準備、用意をすること

そして環境が整いチャンスが来たら、一気呵成に実行に移すこと。

まさに動物の狩りがそうですね。

状況を認識しないで、やみくもに獲物を捕まえようとする捕食者はいません。

彼らは、想定する獲物の状況 (親が近くにいるか、警戒心が落ちているか等) を分析し

たうえで、草むらに身を潜め、獲物を捕らえることが可能な距離まで忍び足で近づき

一気に獲物目指して突き進みます。

タッグを組んで狩りをする場合は、追い込む先まで想定してパートナーが事前に待ち

伏せ先に陣取ります。

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こうしたことから、私は仏教と自然科学は極めて親和性があることに気づきました。

観察こそ科学の原点ですが仏教も然り。現象には必ず原因があると考えるのも同様。

(仏教では過度な執着心や欲が苦の原因とする)

そして何よりも、人間のみならず生物・無生物すべてを観察対象とすること。

その点も、自然科学と仏教は共通点があります。

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こうした双方の親和性が、本来理系人間の手塚氏に仏教をテーマとした壮大なドラマ

を創らせたのでしょう。

宗教心の薄い私ですが、理科、とりわけ生命科学を勉強する中で、生命や生命を生み

出す根本原理への自分なりの「正見」を得れるよう努めていきたいと思っています。