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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

目的や目標は絶対に必要か

お元気ですか。少年シニアです。

私は、少々精神が縮んだ状態になっているなと思ったら、岡本太郎の作品や

ことばにふれるようにしています。

強く生きる言葉

強く生きる言葉

 

 

太郎さんの言葉は私に「生きることの原点」を思い出させてくれるからです。

例えば、こんな言葉

 

 目的を持たないことが「ぼくの目的」だった。

つまりね、限定された目的なんか持ちたくない。

いつも目的を超えて平気でいる。そこから自分がひらけていく。

目的なんかない闘いだったが、それだけが、ぼくが生を貫いていく筋だった

 

 「目的を持て」「目標をもて」という人が多い中、これはどういうことでしょうか。

おそらく矮小化した目的や目標をもつことを諫めた言葉だと私は解釈します。

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毎年繰り返される売り上げ・利益達成のために引き起こされる不正経理やコスト捻出

のための手抜き、従業員への過度な負担要求、これらは単年度ベースの売上・利益を

達成するという矮小化された目的や目標のために引き起こされたものだと思います。

トップ自らがもっと上位にある目的を見失ってしまっているケースも多いでしょう。

太郎さんはそんな風潮に褐をいれているのだと思います。

経営者は「目標達成」という言葉のほかにも「競争」という言葉が好きですが、太郎

さんのこんな言葉もあります。

 

人生は、他人を負かすなんてケチくさい卑小なものじゃない。

 

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 長期的な視点をもつなら、そのゴールは生命の死と決まっています。

したがって究極の最終目標は、いかに死ぬかということになります。

でもどうなんでしょうか。死は自分の力で制御することはできない。

それが目標や目的に成り得るのか。そんなことを考えるぐらいなら無理に目的や目標

を設定せず(ましてや、形をとりつくろうためだけの数値目標など設定せず)いま、

目の前で起きていることに最善をつくせばよいのではないかと私は思います。

そうすれば、机上計算で設定した目標に帳尻をあわせることもなく、ことによっては

それより遥かに超える成果を達成できるかもしれません。

(目標数字があると、本来もっと目標以上に達成できることを、敢えてセーブしたり

 するようなことが組織ではおこります。次年度以降が厳しくなりますから)

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でもよく考えると一瞬一瞬に最善を尽くす行為は、人間以外の生き物は皆そうしてい

ますし、人間だって庶民たちはそうやって逞しく生きてきたのではないでしょうか。

不確実性が益々高まる社会の中で、一見、刹那的な思考に思えますが、私はそこに

混迷の不確実な時代を生きるための活路があるのではと思っています。