少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

日本語を教え 1年がすぎて

 お元気ですか。少年シニアです。

日本語教師の仕事を始めて、はやいもので1年たちました。

今まで受け持ったクラスは6組。1組の学生がだいたい15〜20人ですから

約100人の学生に日本語を教えたことになります。

「楽しくてわかりやすい授業」をモットーに日々工夫を重ねてきたつもりですが

学生からどう評価されているのか。アルバイトなどで疲れて睡魔に襲われている

学生も多いのですが、そんな疲れをぶっ飛ばすような授業をしていかねばと心を

新たにしています。

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 会社の仕事にくぎりがついたら、日本語を教えてみたいと思ったのは、今から

12年前のことでした。会社の仕事に幾分倦んでいた私は、何かに憑りつかれた

ように突然8000㍍級の山々を見たくなりネパールを訪れたのですが、カトマンズ

市内の観光地を歩いていたとき、地元の学生2人に「いま日本語を勉強している

ので、ぜひ話し相手になってほしい」と声をかけられました。

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 最初は何かの売り込みだろうと怪しんで話しを聞いていたのですが、色々話し

をしてみると、2人が真摯に日本語の勉強に取り組んでいることがわかりました。 

日本の有名人で誰か知っているかと尋ねたところ、「小泉純一郎首相」とともに

ビリーバンバン」の名前があがり、少しびっくりしたことを覚えています。

彼らの話によると、つい最近ネパールでビリーバンバンのコンサートが開かれた

ようなのです。嬉しくなって「白いブランコ」を歌ってあげたら、たいそう喜ん

でくれました。

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 後日ネットで調べたら、私がネパールに行った5か月前、ビリーバンバン

「歌の親善大使」としてネパールを訪れていたことがわかりました。

改めて音楽は国境を越えて双方を結びつける力があることを実感するとともに、

自分も会社を離れる時期になったら、その後は日本に興味をもってくれる外国

の若者たちに日本語を教える仕事をしてみたいと思いました。

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 あれから11年経ち、ようやく念願の日本語教師になることができました。

授業では、より楽しく学んでもらえるように、教えた文型や語彙のはいった

日本の歌も紹介し、一緒に歌ったりしています。

歌を共有することで、学生との関係もより近づくことができるので、これからも

いろいろな日本の歌を紹介しながら、日本語の語彙や文章表現の豊かさを知って

うまく使いこなしてもらいたいと思っています。

 


白いブランコ(ビリー・バンバン)