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少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

妄想昭和40年代紅白(第2部)

エンターテインメント 音楽

お元気ですか。少年シニアです。

前回に引き続き昭和40年代の妄想紅白第2部(後半〜フィナーレ)とまいります。

よろしかったらおつきあいください。

 

【モダンG対決 ブルーコメッツVSピンキーとキラーズ

昭和40年代の音楽はグループサウンズの存在なくして語ることはできない。

その先陣をきったのがジャッキー吉川ブルーコメッツだ。私は子供心にモダンでハイセンスな匂いを

このグループに嗅ぎ取り、同時期に人気を誇ったスパイダースやタイガースよりいっかく上の存在として

とらえていた。妄想紅白後半戦の白組のトップはブルコメの代表作ブルーシャトーで。

              (ブルーシャトー  昭和42年 作詞 橋本淳 作曲 井上忠夫


Blue Comets ブルー・コメッツ -- ブルー・シャトー 1967

 

この時期の紅組のモダンGとしてはピンキーとキラーズを推したい。今陽子というモダンさと太陽の

明るさを兼ね備えた女性シンガーを得て、「恋の季節」で一世を風靡した。この曲の作詞・作曲が、

「いいじゃないの幸せならば」と同じ、岩谷時子いずみたくのコンビだったのも興味深い。

                 (恋の季節 昭和43年 作詞 岩谷時子 作曲いずみたく


恋の季節(បើបងស្រឡាញ់ខ្ញុំ) - ピンキーとキラーズ(Pinky and Killers) - MV

 

【苦労人対決 藤圭子VS森進一】

 太陽の明るさだけが人の心を動かすのではない。月のような一歩ひいたような静けさが聞き手の心にずっ

しりと心をとどめることもあるのだ。昭和40年代前半の流行歌は陽気な歌より人生の苦労をかみしめた陰り

のある唄の方が評価された時代と言えるかもしれない。そしてその代表的な歌手が藤圭子だ。

紅組は藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく〜命預けます」メドレーで。

            (圭子の夢は夜ひらく 昭和45年 作詞 石坂まさを 作曲 曽根幸明

                    (命預けます 昭和45年 作詞作曲 石坂まさを


藤圭子さん~圭子の夢は夜ひらく・命預けます~

 

紅組の個性派が藤圭子なら白組の個性派は森進一だ。特にレコード大賞の歌唱賞受賞時に歌われた

「おふくろさん」の熱唱は、少年時代の私の脳裏に今もやきついている。

                (おふくろさん 昭和46年 作詞 川内康範 作曲 猪俣公章


1971 おふくろさん

 

【トリは国民的スター対決で 坂本九VS美空ひばり

いよいよ独断の昭和40年代妄想紅白もトリの最終対決にたどり着いた。

やはりトリである以上誰もが納得するスペシャルな国民的スターを充てなければならない。

しかし紅白とも全く迷いなく、この二人を選んだ。白組は坂本九。紅組は美空ひばりだ。

唄は坂本九は「見上げてごらん夜の星を美空ひばりは「柔」・

年代的には30年代後半に出された歌だが40年代以降も引き続き愛され歌われた名曲で、シンプルな曲に

すばらしい詞が加わり昭和歌謡の極北というべきであろう。

        (見上げてごらん夜の星を 昭和38年 作詞 永六輔 作曲 いずみたく


坂本 九 「見上げてごらん夜の星を」

 

               (柔 昭和39年 作詞 関沢新一 作曲 古賀政男


美空雲雀(柔)

 

「柔」こそ日本の、いや人類のあるべき姿を示す言葉だと思う。

ー柔よく剛を制す- 柔らかな精神こそ人類の真骨頂ではないだろうか。

そして「勝つと思うな 思えば負けよ」という心の置き方。

闘うべき相手は敵ではなく自分自身であるというこの謙虚さこそがいま

一番求められているのだと私は思う。「柔」の3番はこんな歌詞で始まる。

 

「口で言うより手の方が早い 馬鹿を相手の時じゃない」

 

最近テレビで 剛を全面に押し出して口先だけでつぶやいて相手を制しよう

とする馬鹿?をよく見かけるが、この歌詞のように、馬鹿はあまり相手にせず

自らの手を動かして技を磨き、他人に夢を与える、そんな人間が多くいる世界

であってほしいという願いもこめて、妄想紅白の〆の言葉としたい。