少年シニア 自由形で生きる

人生の最終章を少年に戻って自由形で生きる事に決めた男が出会った風景・言葉・芸術・人

不幸を遠ざける少欲知足を目指す

 スリランカへ行ったことを契機に,仏教の法(ダルマ)に関心をもつようになった。「結果には必ず原因がある」という科学に通じる考え方、宗教的な部分の薄さも抵抗感なく近づけたのだと思う。ゴータマ・ブッダの教えによれば、キリスト教イスラム教のような「祈り」という行為にそんなに重きをおいていないことがわかる。ゴータマ・ブッダが最も重要視するのは、ひとえに「八正道の実践」だ。極端なことを言えば、まったく寺院に参拝しないが、結果として八正道を実践している人の方が、いくら寺院を参拝しても八正道を実践していない人より悟りに近い人であると考える。

 

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 私のような凡夫は、はなから八正道を完全に実践することは不可能である。目標とするのも危うい。それを目指せば「できない自分」を否定し、自信喪失に陥るのは間違いない。そこでできることは、「少欲知足」を心がけることだ。欲望を捨て去ることはできないが、欲望を抑制し、それにあまり不満をもたない状況はできるかもしれない。完全を求めるのではなく、少し意識して行動することを心がけてみよう。

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 私がゴータマブッダの教えで懐疑的なのは「輪廻転生」の考え方だ。ただ、輪廻転生の考え方はゴータマブッダのオリジナルではなく、ヒンドウー教の基本原理だという。ゴータマブッダ自身は、仏教を布教するにあたって、ヒンドウー教の基本原理をベースにした方が受け入られやすいと考えたのかもしれない。また、そうした原理を設定しておいた方が人々が謙虚に生きるのではと考えたのかもしれない。ただ私には因果応報という合理的な思考をもったゴータマブッダが、地獄や輪廻転生といった死んでみなければわからないことを、本当に信じていたとはあまり思えないのである。

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 幸福の定義にもよるが、私は仏教は「幸福になる道」を指し示すのではなく、「不幸にならない道」を指し示す教えではないかと感じている。あまり評判はよくなかったが菅直人元首相が唱えた「最小不幸社会の実現」に通じるものが仏教にはあり、そうした謙虚で地に足のついた教えが、多くの人に受け入られているのではないかと思っている。